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カツオ【鰹】生態編

【分類・分布】

カツオが属するサバ科の魚類は、沿岸域に棲息していた現存のサバの原型的なものが、進化の過程で沿岸から近海へ、さらに外海域へと分布域を拡大しつつ分化したものと考えられている。カツオはマグロ類とともに広い生活圏を獲得した進化の先端にある魚なのだ。近年、生化学的遺伝形質に基づく研究により、カツオはインド洋に起源をもち、大西洋、および太平洋に棲息域を広げていったものと想定されている。

カツオは世界共通種で、各大洋の表面温度がほぼ20℃以上の熱帯から温帯の海域に広く分布する。熱帯・亜熱帯の海域には一年中棲息するが、日本近海のような温帯域では、黒潮に沿って春に北上して黒潮と親潮がぶつかる三陸沖あたりまで北上し、秋に親潮の勢力が強くなると南下、という季節的な回遊を行う。太平洋側に多く、日本海側ではまれである。

マグロ類と近縁の魚で、英語ではSkipjack tunaと呼ばれることからわかるように、欧米諸国ではマグロの仲間として扱われる。日本ではマグロと混合した呼び名がないのは、古くからカツオが「かつお節」などの干魚として好んで用いられ、主として刺身にされるマグロとは利用や消費の形態を異にする伝統によるものであろう。

【形態】

海中を泳ぐスピードが最高で時速60㎞にも達するといわれているカツオは、海のスプリンター。高速遊泳に適した典型的な紡錘形の体形で、丸みが強い。大型のものは全長1mに達するが、漁獲が多いのは全長50㎝ほどである。

体色は、背面が濃い藍色で、腹面は虹彩を帯びた銀白色。体側腹面に4~7条の暗色の縦縞が走っている。この縦縞は、活きているときには不明瞭。縦縞とは別に、摂餌行動で魚が興奮状態にあるときなどは、体側に数条の横縞が浮き出る。また、死ぬとこの横縞は消え、縦縞が現れる。

マグロは全身がウロコに覆われているが、カツオは目の前方から胸ビレ・側線周辺だけにしかウロコがない。胸ビレが短く、浮き袋を持たないことも、マグロと異なる特徴だ。

【生態】

幼魚は、小さなイカ類や甲殻類をエサとしているが、成長するとカタクチイワシなどの小魚をエサとする。イワシの群れを発見すると、横隊をとり追跡を開始し、群れを囲い込むと一斉に襲いかかる。そのイワシを追って、大群をなして日本近海に近づくのは、九州南部を皮切りに黒潮に乗って太平洋を北上する「黒潮ルート」、紀州の南から北上する「紀州ルート」、小笠原諸島・伊豆諸島沿いに北上する「小笠原ルート」、そして伊豆諸島の東の沖合を北上する「東沖ルート」の4通りのルートがあるといわれている。

なかでも有名なのが、フィリピン、台湾、南西諸島を経て日本列島の太平洋岸に現れる「黒潮ルート」。九州南部に近づくのが2月中旬。そして、3月中旬に四国沖、4月に紀伊半島沖、5月に伊豆・房総沖と北上を続け、6月には常磐沖、7~8月には三陸沖にまで進み、9月に北海道南部に達する。そして、水温が低下すると南下を始めるのだ。

ほかに、大洋の島周辺の、水温の高い水域で周年を過ごす瀬着きの群れもあり、日本周辺では南西諸島や小笠原諸島の付近に棲息している。回遊魚は比較的若い3~4年魚が中心だが、瀬着きの群れには大型の成熟魚が多い。

カツオの産卵場は、水温の高い熱帯、亜熱帯の広範な海域で、亜熱帯域では夏が産卵期であるが、熱帯域では一年中産卵する。卵の直径は1㎜程度で、一尾の産卵数は数十万~200万粒。産卵は表層で行われ、受精卵は一昼夜で孵化する。孵化した仔魚は約3㎜で、1年で体長約25㎝、2年で約50㎝、3年で約62㎝、4年で約70㎝に成長する。

カツオは大小の群れをつくって表層を遊泳するが、「スナムラ(素群)」と呼ばれるカツオだけで遊泳する群れのほか、流木の周辺に集まる「木着き群」、ジンベイザメに着く「サメ着き群」、イワシクジラに着く「クジラ着き群」、イワシなどのエサ生物を追っている「餌持群」や、それに海鳥群が伴う「鳥着き群」など、さまざまな漂流物や遊泳物に付随する性質がある。

【文化・歴史】

カツオは、古事記や日本書記、万葉集にも登場するほど古くから知られている魚だ。古代から食用にされてきたが、身質が柔らかく傷みやすいため、生食されるようになったのは鎌倉時代以降。それ以前は、堅くなるまで干してから食用としていた。そこから「カタウオ(堅魚)」と呼ばれるようになり、それが略されて「カツオ」と呼ばれるようになった、というのが定説である。

『北条五大記』には、北条氏綱(うじつな)が1537(天文6)年の夏に、小田原沖で酒宴をしていると、船上にカツオが飛び込んだことから「勝つ魚」だと喜び、その後、出陣の際には「勝負にカツオ」として酒肴に用いたとある。かつお節は縁起物としてとくに武家で珍重され、正月には甲冑の前に供えられたり、「勝男武士」「松魚節」の名で祝いの代表的な贈答品とされた。

現在の本節や亀節などの製法は、江戸時代に紀州や土佐で考案されたと伝えられる。仏家でもかつお節は「薬木を削る」と称して食べられたが、僧の隠語では木魚と呼ばれた。なお、神社の屋根の上にある鰹(かつお)木(ぎ)(勝男木)は、カツオの姿に由来するともいわれ、カツオ釣りの所作をしてその大漁を祈る祭りが各地で見られる。

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プロフィール

生まれ故郷近くを流れる利根川・手賀沼にはじまり、国内外の海・川・湖・沼・池を釣り歩く「さすらいの五目釣り師」。これまで釣った魚は350種以上。また、生来の手作り好きが高じて、20代はログビルダー、塩作りなどの職も経験。
釣りの楽しさ、DIY・田舎暮らし&自給自足、アウトドア、料理、保存食などの世界を紹介するライターおよび編集者として独立。自著執筆のほか、多くの雑誌・書籍の編集に携わる。TVCFなどのフィッシングアドバイザー、DIYアドバイザーも務める。
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